やさしい味(料理とぼくのこと)

始まりは欠乏からだった。

足りない、できない、持っていない、何もない。

残酷な思春期を超えて、何も得られない街を出て、好きや、情熱や、こころの中にわずかにある紐帯を頼りに、手を伸ばし、足を動かし、ボロボロになりながら20代を生きた。

たくさんの出会い、感謝、邂逅があった。

今でも続く太く、輝く縁。

反面、欠落に当てはめるように受け入れた人間関係がまとめて崩壊した日もあった。

人を信じるのが怖くなったし、今でも心から誰かを愛したり愛されたり、というのはもう無いだろう、とどこかで思っている自分がいる。

傷つきたくない。

もうあんな思いはしたくない。

別離に心身を引き裂かれるくらいなら、1人でいい。

だけれども、傷つきたくなくても、ひとが好きだ。

ぼくは写真家だが、ひとしか撮れない。

ひとが醸し出す像に、生き様に、ファインダーを通して感じる匂いに、空気に、呼吸や血流を感じる。

2年前、料理に出会った。

自らの感性を、感情を、込めているつもりはなくても、一皿に溢れ出てしまう。

穏やかに盛り付けても、そこには味と香りに形を変えたぼくがいる。

「やさしい味がする」

ぼくが料理を振舞って、一番多く、必ず言われる言葉。

昔は優しいと言われるのが大嫌いだった。

中味もなく、能力も社会的地位も資産も、実績もない。

そんな自分に放たれる

優しい

ただただ、バカにされているとすら思っていた。

でも今はちがう。

ぼくの一皿に優しさがあるなら

作り出す時間に、味に優しさがあるなら

笑顔の呼吸を振りまきながらファインダーで切り取る一枚に優しさがあるなら

それはぼくが傷つきつづけて、それでも生きることを諦めなくて、空っぽの中身を埋めたい、何者かになりたい、ともがきつづけて

たくさんの血と汗と涙と悲しみと、嬉し涙の

そこから生まれたスープの味なんだって、いまは思えるから。

粒の大きなスパイス

無駄に味の濃い塩

たくさんの思いや、苦しみや、くだらない悩みを水に溶かして、

大好きな材料を加えて、

こころのまま煮込む。

そこにやさしい味があるなら、いまぼくが生きていく先には、きっとよろこびがまっている。

今だって、ちょっと笑顔でいるから。

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