継続にこだわり続ける意味 圧倒的な量は質に転化していくという話
こんにちは、料理研究家のダイちゃんです。
連続更新187日目、ありがとうございます。
今日は、私の専門分野である「料理」「写真」「ブログ」の3つの切り口で
「継続して量を重ねることが、いかに質に転化してきたか」を具体例とともに、かつ読みやすく簡潔に(大事!)まとめてみました。
5分以上、と書いたけど・・6分くらいかな(笑)ついつい想いや経験が分厚いことについては文字数が増えてしまいますね。悪い癖です。端的に、わかりやすく伝える力も身につけて行きたいし、試して実現はしていっています。これも「毎日書く」「反応を知る」「改善する」を187回分、「量」を重ねてきたからこその「質」です。あっ、先に書いちゃだめじゃんw さ、ここからですどうぞw
ダイちゃん
目次
量より質か?質より量か?
質のほうが重要か?量のほうが大切なのか?
これは語られるシーンや場面によって、どちらとも取れると思っています。
安い肉を大量に食べたい人、高級部位を少しだけ食べたい人・・
数多の逢瀬を重ねて寂しさを埋めたい人、1度の恋に数年の想いを重ねる人・・
かすれた薔薇でもいいから100本の花束が欲しい人、1本の特別な薔薇のほうが嬉しい人・・
今日語りたいのは「自らが創り出すものに質を求めていきたい場合」の話。
質と量、双方を生み出すための「継続」
30代になるまで、勉強、仕事、恋愛、スポーツ・・・何一つ「続かなかった」「やりきることが出来なかった」私にとって、2012年の「写真」との出会いは、「遮二無二継続して、量も質も追い求める」初めての経験を与えてくれました。
私が大切にしているもの。写真、料理、そしてブログ・・・
何をやっても続かない、どうせもうだめだ、、、という自分を初めて認めてくれた存在が写真でした。
そこから間は空いたものの2017に料理と出会い、2020年にブログと出会いました。
それらすべてが「継続」することができているから、今の私がいます。
継続により質を積み重ねることは、量につながっていく
写真、料理、ブログ。
始めたばかりの頃は、当然「初心者」でしかなく、まして「写真」を始めた頃というのは、もっと多くの障壁や固定観念にまみれていました。
「自分のような何も続けてこれなかった人間が、表現なんてしていいのだろうか」
「写真や芸術の学校を出たわけでもないのに、恥ずかしいおこがましいのではないか」
「会社(当時)の人に笑われるんじゃないか。あの人達は私を評価していないし」
「親が見たら身の程知らずだ、と揶揄されるんじゃないだろうか」
そんな声が沢山聞こえてきました。
「自分にしか聞こえない声で、自分の中だけで」ですが。
今思えば、「くだらねぇ」と想いますが、当時はとても不安だったことも覚えています。
だから、私は何かを始めたい人とか、自分らしいことを世に残したいという人がぶつかる逡巡も、自己評価の矮小化も、気持ちはわかるし、責めようとは思いません。
ただ、こう思います。「あなたが好きなように、他人なんて無視して、やってみなよ」と。
私も、誰にどう思われるなんて無視して、カメラを振り回し汗と涙を垂れ流しながら撮り続けたから、今があると思っています。
※実際は多分に、他人の声や承認欲求にも影響を受けていたと思うけど、それはまた別の話
その軌跡は、撮り続けたからこその「量」と、重ねたことにより生まれた「質」が、今の私をつくっています。
だからいつしか私は、自ら堂々と名乗れるようになりました。
「私は、プロフェッショナルのフォトグラファーです」と。その矜持とマインドを持って生きているから。
量が質に転化した実感の節目を(無理矢理にでも)振り返る
そこで写真、料理、ブログ。それぞれ継続して量を重ねていく中で、
「あのあたりから量が質に転化したなあ」と(振り返れば)思える節目をまとめてみました。
写真:継続から2年 10万枚を超えたあたりから
上記記事に写真との出会いと成長の歴史はすでにまとめてあるので、ここでは簡潔に触れようと思うのですが、写真を始めてから大きな最初のきっかけは、上記記事でも触れている下記の写真の受賞でした。
人物写真ではあるけれどどこか無機質で、いうなれば「偶然」「撮れてしまった」写真であるとも言えます。
写真を始めてから、日々の平均を見積もってもおそらく1日200枚は撮影していたと思うので、月に6000枚です。デジタル時代の恩恵ですね。とにかく撮り続けてました。年間でカウントすると72000枚。
流石に少しペースは鈍化して約2年ぐらいで10万枚に達していたと思います。
その頃の写真を見てみます。
おそらく1枚目と比較すると誰の目から見ても、画作りも、構図も、何より「その目の前の人を捉えて、ファインダーを通して人物を撮りきる」ことをやるようになっていることがわかります。
とにかく撮り続けたことで「自分は人物を撮ることに長けている」「そしてそれが好きだ」ということに気づくことが出来た。そして質に転化した。程なくして、現場で数十年活躍するプロも参加する人物写真講座の中で、その人達と遜色のない作品や議論を交わせる様になっていた自分がいました。
ダイちゃんは「KUMA Photography」という屋号で人物写真サイトも持っているので、ぜひご覧ください。
2016年の大きな挫折を経て、2017年に料理を始めてから撮影している人物写真も、また全然違っていて面白いと想います。下記の「17ページ目くらい」からが、料理を始める前に撮った写真です。
ちなみに料理を始めてから撮った「写真に対する肩の力も、生きることに対する肩の力も少しは抜けた後」の人物写真はこんな感じです。
なんか前より随分楽しそうで楽そうなのがわかります(笑)
※ちなみに2枚めはさらっとのせてますが、アルゼンチンのミュージシャン トミ・レブレロ(Tomi Lebrero)だったりします。トミ、元気かなぁ。
写真は現在も継続しているので、すでに撮影枚数はゆうに30万枚を超え、継続日数は3000日に迫っています。
料理:継続から2年、300種類以上を作ったあたりから
料理についてはこのブログでとことん「始まり」と「継続」について書いてきたのですが、上記記事から引用した下記の写真なんかを見ると一目瞭然ですね。
上の写真は料理を始めてから3ヶ月くらい。下の写真は2年半ぐらい。
どうしても画面(写真と文章)では「味」を伝えられないのですが、写真を見ただけでもわかっちゃいますね(笑)
とにかく毎日料理をしていたし、本を読んだりサイトを見てはチャレンジをしていました。
一番大きな節目は、料理を始めて2年経った頃に、もうなくなってしまった料理のスタイリング短期学校に通う中でたどり着いた「煮込みスト」というスタイルだと想います。
「美味しさ」「表現」「手軽さ」「奥深さ」すべてを兼ね備えた「煮込み料理」との出会いと傾倒が、私の料理の継続による「量」が「質」に転化した節目だと思います。
詳しくはコチラ
ブログ:継続から100日 開設3ヶ月で壁を超えてから
ブログの量から質への転換は、具体的手段含めて上記の記事に全て込めたので、知りたい方には上記を読んでいただくのがベストなのですが、「オメーの文章わざわざ読みたくねー」という大多数の方にわかりやすく伝えるとすると、質に変わった!というブレイクスルーは連続更新100日目だったように思います。
ブログを始めたばかりの頃は「とにかく稼ぎたい」「早く結果がほしい」「でも正直めんどい」
だった私。最初は継続も「義務感」「やるしかない」「あとがない」だった。
そこから80日、90日と書き続けるにつれて、「これを毎日書くことが自分の精神衛生につながっている」ことに気づいていった。
そうして100日を迎えた頃には、構成や企画、校正などの手順も身についてきて、SEOも理解できてきて、楽しくなった。自然と、記事のクオリティが上がり、PVにもつながっていったのです。
まとめ 「継続」こそが最大の味方
何を始めるにしても、チャレンジするにしても、これだけは間違いなく言えます。
「成功するまで続けることこそが、成功の秘訣」であると。
もちろん成功の定義は事柄や人、背景によってそれぞれですし「成功」はゴールではありません。
でも「始めることが出来て、継続することが出来た」「楽しいと思えた」ことは何より大切。
その「始める」をいつから「始める」のがいつからかがベストかは、あなたならきっとわかりますよね?
■今日の一曲
いつもなら今日の一皿、一杯をお送りしますが、今日は明日に踏み出すあなたを応援する曲を
“笑っていりゃいいこと あると思えたら それがいいことの序章です”